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【モザイク型ダウン症】0歳児の成長記録

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うちの娘は7歳。モザイク型ダウン症です。今回は娘が0歳児だった頃の成長記録をまとめました。
もざいく型ダウン症とは...
要約すると、ダウン症候群は21番目の染色体の数が通常2本のところ3本となっていることから発症します。モザイク型というのは、健常の染色体の中にこのダウン症の染色体が入り交ざった状態のことを言います。
こちらの記事で詳しくまとめてあるのでよかったらご覧下さい(→モザイク型ダウン症はどんなふうに成長するの?!発育状況と成長プロセス)

我が子がダウン症かもしれない...と宣告されたとき。

我が子がダウン症だという事実はすんなり受け入れることは出来ませんでした。

思えば自分が無知でした。
赤ちゃんが生まれたことは嬉しいのに、でも...
深い湖に突然放り込まれたかのような...。我が子の生きていく道は、誰かが決めたレールの上を歩むものと、決めつけられてしまったかのような...。そんな絶望感を感じずにはいられませんでした。私にはそんなに心の余裕なんてないのになぜ私のところに生まれた来たの?!
(我が子がダウン症だとなぜ親はショックを受けるのか)

これが当時の正直な思いでした。

悲しいこと辛いこと楽しいこと嬉しいことたくさんあるけれど、モザイク型ダウン症の0歳児の育児はあっという間でした!

未来は不安でいっぱいでしたが、どんな子供を育てていても多かれ少なかれ何かしら抱えるものなんですよね。第二子を産んでそれがよくわかりました。

 

出産時の状況

2011年8月
出産予定日を2週間前に控えていた38週
普通分娩にて2250gの第一子(女の子)を出産
当時の母親の年齢は31歳

自宅で24時間の陣痛に耐えた末、産婦人科到着から2時間後に分娩台に上がり、だった一回のいきみだけでスルリと…初産は見事な安産でした。

エコー検査での推定体重は2500gを超えていたのですが、思っていたより小柄な我が子を取り上げた産婦人科医は「??!!!」と両目を見開き驚いた表情で我が子を二度見しました。

予定日より早かったから小さいんだ...「娘よ!すまない!」特に気にも止めませんでしたが、すでにその時、何か原因があるのではないかと医師の目には映っていたのかもしれません。

赤ちゃんを胸の上に乗せてもらい記念撮影をし、母体が溶連菌を持っていたため、赤ちゃんは1日保育器に入る予定があらかじめ組まれていたので、そこで一旦お別れでした。

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出産時に病院にかけつけてくれた身内が、保育器の中の我が子をビデオ撮影してくれていました。周りの赤ちゃんはギャンギャン泣いている最中、我が子は静かに穏やかに天井の方をただ見つめていました。

その夜は出産を終えた達成感の余韻に浸りながら安堵の眠りにつくことが出来ました。翌朝、医師が病室にやってくるまでは…。

朝8時頃に医師はやってきました。
医師:「赤ちゃんの酸素を取り込む数値が低いので、念のため総合病院の新生児治療室(NICU)に今から搬送します。取り越し苦労であればいいと願っているのですが...」

医師の言葉から読み取れたのは、何かが気になるということ...
今思えば、ここで産婦人科の医師が我が子の異常に気づいてもらえのは幸いだったと思えます。

その後すぐに入院用パジャマ姿のままで我が子の搬送先に向かい、担当した医師から説明を受けました。
赤ちゃんの心臓の真ん中がポッカリ空いていて、うまく形成されていない...心内膜床欠損症(しんないまくしょうけっそんしょう)であると告げられました。心臓外科手術は必ず必要であるということ。そして、別名...房室中隔欠損症(ぼうしつちゅうかくけっそんしょう)と呼ばれるこの心疾患はダウン症に多く見られることから染色体検査を勧められ、その検査を受けることに同意。結果が出るのは3週間後...

無事に出産を終えた翌日、青天の霹靂とはまさにこのことか...
手術が必要なほどの心臓疾患に加えてダウン症の疑い...我が子はどうなってしまうのか...
出産した産婦人科の病室に戻ってからは、夫婦抱き合って泣きました。

 

入院生活

翌日。我が子はNICUからGCUへと移され、水分摂取制限と利尿剤の投与が始まりました。
(※水分摂取は心臓に負担がかかるため量が制限されます)
その他の検査では特に異常はなく、心臓もなんとか機能している様子。
赤ちゃんは酸素保育器に1週間入っていたため、産後1週間後にしてようやく両腕で抱っこしてあげることが出来ました。軽くて小さくて愛おしくて...今まで保育器の穴からしか触れることが出来なかったから、やっと人間らしい姿の我が子に会えた瞬間でした。
保育器から新生児用のベッドへと移され、管も少しずつ外され、しばらくして授乳の訓練も始まりました。
入院中は毎日自宅で搾乳した母乳を冷凍して持って行き、面会時間は欠かさず授乳に通う日々を送りました。
家に帰れば娘が居ないベビーベッドを見ては泣いてばかりだったけれど、娘と一緒に居られる面会時間はとても幸せでした。
ちょっとしたことで急変したりしないか、それはそれは怖くてたまりませんでした。

心臓も落ち着いていて、ミルクの摂取制限量も徐々徐々に増えていきました。

 

気になるダウン症の可能性について

やはりやはり...気にならない時は一時もありませんでした。毎日毎日ネットでダウン症の特徴を調べては、面会時間に娘を見てなんとなく確かめる。もしかしたらダウン症かもしれないんだね...早く結果が知りたいような、一生知らないままでいたいような...

【当時ダウン症の特徴に当てはまると感じていたもの】
■皮膚の弛み
新生児だからシワシワというのとは違っていて、特徴的な皮膚に感じました。
■身体全体の筋力は弱いように感じました
■目の吊りあがり
目尻の方が少しだけつり上がっているように見えました。
■片手だけますかけ線に見える
まだ小さな手なのでハッキリとはわかりませんでしたが、片方の手の平の手相はますかけ線(サル線)のように見えました。

【ダウン症だとは思えないと感じていたこと】
■鼻骨は低くない
■足は長くて細い
■手の指も長くて細い
■耳の位置は普通
■頭の形は偏平ではない
■おっぱいを吸う力は強い

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水分制限があったため、本人はもっと飲みたそうにしていましたが、毎日ほんの少しずつだけ飲ませられる量が増えて行きました。

母乳育児推奨の病院だったため、授乳練習に看護士さん方は熱心につきあって下さいました。おかげでなんとか母乳も出るようになり、我が子も飲むのが上達し、退院目前の生後一ヶ月半の時点で1回の授乳で母乳を100g飲めるようになりました。体重は2500gしかありませんでしたが、その小さな身体でよく飲めていたと思います。

そして、ダウン症にはモザイク型というものがあるということもネット検索を通して初めて知ったのでした。1/100の確率で、まさかモザイク型だったりしてね。ダウン症だったとしたら...モザイク型だったらいいのにね。ダウン症じゃない可能性だってある!

この頃にはダウン症に関しての情報もかなり調べ込んでいたので、我が子がダウン症だった場合の他の合併症もまた気がかりでした。

夫はそんな期待を持つと後でまたショックを受けるだけだから、「おれらの子供はダウン症なんだ!そう思っていよう!」と。冷静だった夫の言葉には救われた結果になりました。

 

染色体検査の結果

1ヶ月後、待ちに待った染色体検査の結果...モザイク型ダウン症であることが判明

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「モザイク型ダウン症はどんなふうに成長するの?!発達状況と成長プロセス」の記事と少し重複しますが、

【当時の状況】2枚の紙を出され、2種類の染色体を持っていること、その割合は正常染色体3に対してダウン症の染色体1。つまりおよそ1/4だけがダウン症染色体。この割合は臓器によって異なるため、症状の出方にもバラツキがあるとされる。成長はゆっくりになると予想されるが標準型ダウン症よりと比較すると早いだろうと説明されました。まずは心臓の状態を慎重に見て行きましょうという話でした。

結果を待った3週間がとても苦しく長い時間でした。もしもダウン症だったとしたら友人や親戚にどんな言葉で説明したらいいんだろう...。ここしばらくの間は人と会うことを避け、出産をしてから祝福されることもなく、完全に殻に籠った状態だったため、ようやく抜け出せた安堵感。

我が子は紛れも無いダウン症なんだと判子を押されてしまったけれど、、
モザイク型であることに感謝の気持ちでいっぱいになりました。

1カ月半の入院の末、体重が2500gを超えようやく我が子は退院

退院後の生活

注意点

■心疾患があるため、風邪をひかせないよう注意する
■利尿剤を服用
母乳は飲みたいだけ飲ませてもいいが、心臓に負担をかけないため利尿剤を服用
■月に1度大学病院の小児心臓外科外来を受診
朝から午後まで数時間かけての診察が月に1度
■極力人混みを避け、シナジスというRSウィルス感染時の症状を軽減させるワクチンの定期接種を受ける

心疾患をもつ新生児が風邪をひいてしまうと重症化しやすいということから、とにかく風邪をひかせないように、親は手洗いを徹底し、空気清浄機は常に稼働。10月の退院だったため、お宮参りは来年の春に延期しました。それでも時折鼻水を出して、息苦しそうにしているときは夜も気が気じゃありませんでした。鼻水吸い取り器は手放せませんでした。

我が家の注意点はそのような感じでした。

退院後の我が子の様子

■とにかくよく寝る
■あまり泣かない
■母乳をよく飲む

心疾患を除けば、本当に手のかからない娘でした。

ただし、おしっこやウンチをしても、オムツの不快感は教えてくれなかったので、こまめにチェックは必要でした。

退院後母乳をよく飲み徐々にふっくらして赤ちゃんらしくなってきました。

0歳時の発育状況

成長曲線は平均グラフのギリギリ下のラインにほぼ沿うように発育して行きました。
当時は平均値なんてものを意識しないようにしていましたが、わかりやすくするために敢えて母子手帳に記載されている標準データとの比較してみます。
首すわり...生後4ヶ月頃【女児平均生後3ヶ月半〜4ヶ月半頃】
■生後6ヶ月頃バンボに腰掛けるられるようになりました
■離乳食開始...生後7ヶ月頃
上手に口にすることが出来ました。第一子ということもありアレルギー反応にかなり慎重になりながら、少しずつ食材を増やしていきました。
お座り...生後8ヶ月頃【女児平均生後7ヶ月頃〜8ヶ月半頃】
とはいえよく後ろに倒れてしまうので、授乳クッションを必ず置いていました。
■歯の生え始め...生後9ヶ月頃
寝返り...生後12ヶ月を過ぎてから【女児平均生後5ヶ月前〜6ヶ月頃】
筋力が少し弱いせいか、うつ伏せにしてもなかなか頭を持ち上げることが出来ませんでした。
ハイハイ...生後12ヶ月頃【女児平均生後7ヶ月半〜8ヶ月半頃】
つかまり立ち...生後12ヶ月頃【女児平均生後8〜10ヶ月頃】

娘は人への感心が薄く(親に対しても)、後追いするようになるのはだいぶ先のことでした。これはプラスに考えてもいいのではないか、健常児の第二子を育ててみて今になって思うことなのですが、第二子は男の子だからなのか、ママにべったり...それはそれで嬉しいことではありますが、保育園は朝泣いてばかりでかなり手を焼いています。

第一子を出産した当初は育児も初めてで、健常な子供の成長も知らなかった。不安でいっぱい。一目も気になる。そんな思いばかりが先行していたようにも思います。

嫌でも弟の成長は目に入ってくるので、その早さにビックリさせられます...^_^;)

だけど、この日は必ず来るということは忘れないでほしい!

いつかはママって呼んでくれる日が来る。
一緒に手を繋いで歩けるときが来る。
会話ができるときだって必ず来る。

我が子がママって呼んでくれるようになったのは3歳を過ぎてからでした。やっとやっと呼んでくれるようになったー!!!!!

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よくニコニコしていて、不思議な言葉を発して、
ユニークな表情も見せていました。

笑いをとろうとしてるとしか思えない愉快な表情に思わず笑みがこぼれます!!!

悩んでばかりいないでもっと楽しんでおくんだった。それなりに楽しんではいましたが、今となっては悩んでいた時間すらもったいなかったと感じます。

身体的な成長はゆっくりなものの、少しずつ着実に出来ることは増えていきます。
健常なお子さんでも成長がゆっくりな子もいますから、0歳児の時点では特に大きな差は感じることなく育児を楽しむことが出来た時だったと言えます。

特に第一子だったため、何をしても仕草や表情がかわいく思えて、何か新しいことが出来た時はパパママ大喜び!撮影した写真の枚数は数えきれません...

問題があるとすれば、久しぶりに会った友人に説明すべきか迷ったこと。見た目が少しダウン症っぽいので、見る人が見たらわかるんでしょう。それも被害妄想のひとつなのかもしれません。

この時期はまだそこまで気にする必要はなかったと思います。

 

心臓について

0歳児のときに最も気がかりだったことは、やはり心臓。

心疾患がなかったら、もっと気を張らずに過ごすことができたかもしれません。
心臓の穴というのは、成長するにつれて運が良ければ塞がることもあるのだそう…

とはいっても心臓疾患を抱えた身内や知り合いがそばにいなかったので、心臓病は怖いというイメージしかなく。

0歳児の小さな小さな心臓を調べるのは至難の技のようで、
毎月の心臓外科外来の診察では睡眠薬を飲ませてエコー、レントゲン、心電図で具合を確かめるわけなのですが、

房室中核欠損症には完全型と不完全型というのがあって、心房中隔の穴だけなら不完全型。心室中隔に穴が空いていたら完全型。
心室の壁の穴というのは身体に負担が大きいんだそう。

我が子は心房中隔に2カ所の穴があることは確かで、肝心な心室中隔の方にも穴があるという疑い...。出生時に完全型と告げられ、心臓外科外来に通い出してからは不完全型であるという診断に変わり二転三転...

 

房室中隔欠損症の完全型

生後8ヶ月を迎えて間もなく、突然心臓外科のドクターから電話がかかってきました。やはり心室中隔に穴があることが判明し完全型だと確定。カンファレンスで早急に手術を行う必要があると決定したとのこと。

不完全型だと安堵していた時だったので、かなり動揺しました。

手術の予定は即組み込まれ、その電話から約2週間後には大学病院の小児病棟への入院が決まりました。

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心臓外科手術

手術予定日の1週間前からの入院で精密検査。カテーテル検査。母乳からミルクへの切り替えを行いました。面会時間は夜の8時まで。またしばらく夜は離ればなれの生活になりました。

【手術の内容は...】
■心室中隔の2カ所の穴、心房中隔の1箇所の穴を閉鎖
■2カ所の弁の形成

小さな我が子は何時間にも及ぶ手術に耐え、無事に帰ってきました。
術後の経過は良好ですが、ダウン症特有の心臓の歪みというものがあって多少の漏れ(逆流)はあり。医師によれば許容範囲内であるとのこと。

先天性大動脈二尖弁(通常は3枚あるはずの大動脈弁が2枚しかないというもの)でもあるため、大動脈弁狭窄症大動脈弁閉鎖不全を発症してしまう可能性もあるということ。

大動脈二尖弁という疾患は、俳優の武田鉄矢さんがこの先天性大動脈二尖弁による大動脈弁狭窄症を起こして手術受けたことで一時話題になりました。これがあるからといってすぐに治療が必要というものではなく2枚だけの大動脈弁は通常の3枚と比較すると負荷がかかっているため長期的には再度手術の可能性もあるとのこと。

【入院中の様子】
生後9ヶ月にして寝返りがうてないということが功を奏しました!!!術後は仰向け必須のため、普段から寝返りをうたない我が子にとってはそれほど苦ではなかった様子。

入院当初、夜はいつもと違う様子に泣くことはあったようですが、看護士さんが我が子をベビーカーに乗せて揺すってあげると眠りについたそうです。

娘は今一人病院のベッドで泣いているんじゃないか...寂しい思いをさせてしまっているんじゃないか...娘よ、辛い思いをさせてしまってごめんねごめんね

親の方が寂しさと不安に耐えきれず、(入院中に断乳もしたので)特に手術前日はやけ酒を飲んでいました。飲んでいなきゃ正気でいられなかったのです。。

ところが朝の面会時間に行くと、我が子は爆睡していたり、スマした顔で一人でお座りしていることもあったり、生後9ヶ月といえどまだママをママとも呼ばない。もしかしたらママという認識もなく、ただいつも側にいる人ぐらいだったかもしれません。と、後になって気づきました!笑

自我が目覚めるのがゆっくりだった我が子に合わせるようにこちらももっとゆったり構えていてもよかったなあと今では思います。

そんなこんなで...親の心配をよそに、我が子はスットンキョン!我が自由街道まっしぐら!といったところでしょうか

たくましい娘の姿にたくさん勇気をもらい励まされた一年でした。

心臓手術施行によって娘の胸には大きな傷跡を残してしまいました。親としては心が痛む部分ではあります。大きな手術をしたことは本人の記憶には残っていないでしょうが、いつか話せるときが来たら頑張った証だと伝えてあげよう。

何暗い顔してんの?と言わんばかりの表情でこちらを見つめてきます。もしかしたらいつかはそう言われるときが来るのかもしれません。悔しいくらい恐ろしい程ポジティブです。やりたい放題...さすがにこれじゃまずいと何かの壁にぶち当たるまではあまり悩まずに、楽しむことが一番なんだとお子さんが教えてくれるはずです。

肩の力を抜いて。
我が子はやっぱりママの笑顔が大好きです。
ママは自分を責めないこと。それが一番大事。

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